おさなご
報恩感謝
東園寺は、臨済宗妙心寺派という宗派に属します。妙心寺は、花園法皇が自らの離宮を改めて寺院とし、関山慧玄(かんざんえげん)禅師を初代の僧侶(開山=かいさん)として開創した寺院です。
花園法皇は第95代天皇で、その在位期間は鎌倉時代末期にあたります。学問を好むとともに、月林道皎(げつりんどうこう)禅師や、大徳寺開山である宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)禅師のもとで禅に参じ、その究極の教えを体得したといわれています。その後、宗峰妙超禅師が体調を崩された際、次の師として弟子の関山慧玄禅師が推薦され、これが妙心寺建立へとつながっていきます。
花園法皇は、自らに安心(あんじん)をもたらしてくれた仏教そのものに深く感謝されていました。妙心寺を建立したのも、その感謝の気持ちと、仏教を盛んにすることによって世の中をより良くしたいという念願によるものでした。
前述のように学識が深く、道義を重んじた花園法皇は、兄である後伏見天皇の皇子・量仁(かずひと)親王の教育に熱心で、『誡太子書』と呼ばれる文章を与えて、徳を積むことの大切さを教えています。
花園法皇は同書の中で、皇位を継ぐことの責任の重さを説くとともに、自ら田を耕すことなく食を得、自ら布を織ることなく美しい衣服を身につける立場にあることを自省するよう教えています。後に量仁親王は即位して光厳天皇となります。光厳天皇は花園法皇の教えを大切にし、治天の君として真摯に政(まつりごと)に向き合ったことが知られています。
花園法皇が量仁親王に伝えようとしたことは、単に知識を積み重ねることではなく、人として踏み行うべき道を守り、深く思慮をめぐらし、その上で世を治めていくことにあったようです。
「徳を積む」とか「人として踏み行うべき道」といっても、現代を生きる私たちには、なかなかピンと来ないかもしれませんね。それだけ私たちは、物事の根本にある大切なものから、少し離れて生活しているのでしょう。でも子育てをしている時期、私達は何よりも子どものことを大切に思い、子どものためなら一所懸命になれるのではないでしょうか?子どもに挨拶することを教える。食事の際には一緒に「いただきます」と手を合わせる。人に親切にすることや、悪いことをしたら「ごめんなさい」と謝ることを教える。どれも当たり前のことですが、大人になるにつれて忘れてしまったり、少し恥ずかしくなったりする「人として大切なこと」を、子育ては、もう一度、私たちに思い出させてくれます。「徳を積む」「人として踏み行うべき道を守る」難しい言葉ですが、私たちは毎日の子育ての中で、案外それを実践しているのかもしれませんね!
園長 千坂成也
